振り袖について

お元氣さまです。

輝跡の引き寄せ 楽笑コーチ SASAE愛の輝美(kiyo)です。

2020.01.13は令和最初の成人式。
ご成人の皆様 おめでとうございます。

今回は「振り袖」について調べてみました。

振袖の元になったのは、振八つ口のあいた子供用の小袖である。稚児大師図(香雪美術館蔵・鎌倉後期)などに見られるように、子供の小袖は中世の時代は体温を逃がすために振り八つ口をあけていた。それに対し大人の小袖は袂が短いのが古くからの形であった。

振袖は男女ともに着用され、振袖火事の原因と伝えられる紫縮緬の振袖も少女が意中の若衆の衣装を写して着用したものといわれており、色柄や構造に男女差がほとんど無かったことが窺える。

井原西鶴の『西鶴俗つれづれ』(元禄8年)によれば、振袖は通常、男子は17歳の春、女子は結婚の有無にかかわらず19歳の秋に、袖を短くするとともに脇をふさいだとある。[1]

現在振袖と呼ばれている和服が発生した時期は、江戸時代である。江戸時代前期に、若い女性が着る正装の和服の袖丈が徐々に長くなっていった。元禄時代(1688年-1703年)には袖丈は55cmから95cmくらいだったのが、江戸末期(1867年まで)には袖丈は95cmから122cmくらいになったといわれる。

袖丈が長くなった原因・理由については、諸説がある。一説には、世の中が安定期に入るにつれ文化に対する民衆の関心が高まり、娘に舞踊を習わせる習慣が生まれたが、その際に身振りを美しく見せるために袖を長大化させていったという。

その後女性の衣装としてのみ発展し、関所を通る際は未婚女性は振袖を着用しないと通過が出来ない(年齢や身分をごまかしているのではと因縁をつけられたため)など、未婚女性といえば振袖を着用するものという認識が広まった。関所の近くにはたいてい貸し振袖屋があったという。

※Wikipediaより

その昔、関所を通る際、未婚女性が振袖着用していたとは、ビックリ‼️

今回『振袖』についてでした。

最後までお読み頂きありがとうございました。

輝跡の引き寄せ 楽笑コーチ SASAE愛の輝美(kiyo)



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